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 2007年
  帰省?お留守番?
  キング・シュナウザー?
  パパの検査入院 
  パパの入院、
     けりんのお預け
  容態急変!? 
  脳梗塞再発? 
  けりんのお留守番…3 
  けりんのお留守番…2 
  けりんのお留守番 
  パパとけりんの留守番 
  迷い犬「三上サブロー」
     の12日間
 
  帰省(湯布院&安心院) 
  パパのお年玉 
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けりんの出来事を紹介しています。


2007年


2007年12月7日(金)
帰省?お留守番?

ママの姉が浦安からやってきて、夕方、一緒に実家へ帰った。

いつものように、極寒の湯布院へパパを連れて行くことはできない。
寒さも灯油の臭いも天敵!
「凍え死ぬぅー!」と叫びながら夜中飛び起きたり、悪夢を見たり、ここのところ十分睡眠をとれていなかったけりんパパを一人残していくのは気になる。
数日前から、けりんを連れて行こうか置いていこうか話し合っていた。
置いていけばパパも寂しくないだろう。
でも、寒い中のお散歩は体にも良くない。
結局、けりんは連れて行くことにした。

出発の準備。
子供の頃あんなに嫌がっていたバッグにも、今では組み立てている最中から入ろうとしてくる。
おでかけできることを学んだからだ。
バッグを組み立ててけりんが入り、準備完了!

家の前でタクシーを拾った。
荷物をトランクに入れ、けりん入りバッグを持ったママとママ姉は乗り込んだ。
タクシーのドア越しに、全身から「寂しいオーラ」を漂わせているけりんパパに最後の確認をした。
「本当にけりんは連れて行ってもいいの?」
バス停前で車の往来も多い片側1斜線の道路。
そんなにタクシーを止めておくことも出来ない。
即決を迫られたパパは、やっぱりけりんを置いていってほしいと言った。

タクシーからけりん入りのバッグだけパパに手渡し出発。

あと5分早く決断してくれていたら・・・
けりんと一緒だとあちこちでかけられないから、ママはいつもお散歩ファッションで帰省する。
けりんがいないとなると、ここぞとばかりにおでかけするから、それならおでかけファッションにしたのにぃ。
ドッグフードなど、けりん道具一式を置いてきたのにぃ。
(結局、けりん道具一式は、あとからパパがバスセンターに取りに来た。)
お米やら野菜やらあれこれもらってくるから、キャリーケースもひと回り大きいのにしたのにぃ。

快くバッグに入ったけりんも、バッグから出てみてビックリしたことだろう。
いつもなら、バッグから顔を出したら違う所にワープしている。
今回もてっきりそのつもりだったはずだ。
それなのに・・・
出てみてビックリ!
「家じゃないかぁ!!」

4日後にママは帰って来た。
けりんを置いていって正解だった。
パパは凍死も孤独死もせず、けりんとなんとか元気に暮らしていた。
というか、1日のお散歩8時間!
ほとんど外で暮らしていた。

2007年10月15日(月)
キング・シュナウザー?

天気がいいので大濠公園へお散歩に行った。

けりんとパパとママとで池の周りを歩いていると、2匹のシュナウザーを発見!
50〜60歳代と思われるご夫婦が1匹ずつ連れていた。
さっそくけりんが走り寄る。

パパ&ママ「こんにちは〜」
ご夫婦「こんにちは」
おじさん「種類は何ですか?」
ママ「一緒です。シュナウザーです。」
おじさん「一緒なんですか!大きいですね。」
ママ「そうですね…」

相手のわんこを「かわいいねぇ」と撫でながらママは思った。
大きいって、けりんの方がちょっと体高が高いだけじゃん!
おたくのわんこだって、肉付きはいいぞぉ!

おばさん「ジャイアントかしら?」

へ?

ママ「ジャイアント・シュナウザーはこ〜んなに大きいんですよ。」
ママは両手をいっぱいに広げてみせた。

おばさん「じゃ、スタンダード?」
ママ「スタンダードもこれくらいはありますよ。」
やはりママは両手を広げてみせた。

そこで今まで黙っていたパパが口を開いた。
パパ「この子はキング・シュナウザーです。顔を見ればわかるでしょ。他の子と違うって。シュナウザーの王様っていう意味なんです。」

おじさん「ほう、キング・シュナウザーっていうんですかぁ。」

品の良さそうなご夫婦は、けりんがキング・シュナウザーという種類だと思い込み去って行った。

2007年10月12日(金)
パパの検査入院

10日に術後の検査入院をするはずだった。
前日、病院から電話があり、個室が空いていないから無期延期となった。
その2日か後、再度電話があり、「個室が空いたから明日来て下さい」とのこと。

朝、高速バスで、パパは一人で病院へ行った。
新幹線の方が早いが、乗り換えなどを考えると高速バスの方が都合がいい。
検査と言ってもあのカテーテル。
一応同意書などにサインもする。
病院では、付き添いもなく一人で来たパパは驚かれたらしい。

その間、けりんとママは朝のお散歩。
1時間くらい歩き回り、帰路に着く途中、信号待ちをしていると向こうにトゥインキーを発見!
信号が変わり走り寄った。
けりんとトゥインキーは感激のバトル。
するとトゥインキーママが、これからでかけるのでトゥインキーを預かってほしいと…
喜んでトゥインキーのリードを預かると、トゥインキーは一目散で我が家へと走っていった。一度もトゥインキーママを振り返ることなく。
けりんもママも、トゥインキーに引っ張られ帰った。
家の中でも2匹はバトル。
お昼過ぎ、ようやく落ち着いて眠りについた頃、トゥインキーママがお迎えに来た。

この頃には、パパもカテーテル検査が終わり、病室で寝ていた。
今回は腕からの挿入だったため、比較的自由に動けた。

予想以上に好調であるという検査結果を持って、けりんパパは翌日一人で帰って来た。

2007年7月12日(木)〜19日(木)
パパの入院、けりんのお預け
7月12日(木)

今日はパパの入院の日。
けりんはトゥインキーのお宅に預かってもらうことになっている。
ママはけりんのお散歩を済ませ、9時にトゥインキー宅へ連れて行った。
エレベーターの扉が開くと同時にトゥインキーが走り寄って来た。
けりんとトゥインキーがじゃれ合い、トゥインキーママがお部屋を案内してくれ、けりんがおやつに気を取られているうちに…どさくさにまぎれて去ってきた。

それからパパとママは高速バスで小倉へ向かった。
病院に着き部屋へ案内され荷物を整理していると、看護師、薬剤師、担当医と次々に来て説明を受けた。
今日はノーマルな症状である右冠動脈のカテーテル治療のはずだったが、外来後改めて先生たちが検討した結果、もう片方の左主幹部が極めて難しいケースなので持ち込んだ画像だけではわからない部分も多いからうちでも造影検査をさせてほしいと言われ、検査のみをすることになった。

検査後院長先生から説明を受けた。
「ほんとは(バイパス)手術がいいんですけどね…」
説明ルームへ入るなり、開口一番こう言われてしまった。
やっぱりカテーテルの名医でもバイパスの方がいいって言うんだ。
左主幹部の狭窄部分の画像を指しながら院長は続けた。
「強くカテーテルをご希望なのでカテーテルをします。30分くらいで終わるでしょう。」

病棟に戻ったあと、担当医から治療説明ほか、いかに今回のカテーテル治療が危険かを力説された。
「僕や親が同じ症状だったら絶対にバイパスを選びます。」
とも断言された。
それでもパパはカテーテル治療を選んだ。

夕方になってパパが突然言った。
「明日は木曜日?」
しまったぁ!気付かれたかぁ!
「ううん、金曜日」
「13日の金曜日じゃん!」
「気付いてないみたいだったから敢えて言わなかったのよ。」
「えー!しかも明日は姉の命日だしぃ…」

担当医を呼んで事情を説明し、治療を延期してほしいと申し出た。
「気持ちの問題なので尊重したいと思います。でも、明日しないとなると連休明けになるので早くても火曜日になってしまいます。まぁ、今まで何もなかったから急にどうなるとは思いませんが、連休中に何かある可能性はあります。あまり時間に余裕はありませんから。」
それでも院長はじめ関係者にはお伝えいただき、少し考えさせてもらうことにした。

「13日の金曜日は仕方ないとしても、7月13日の命日は1/365の確率でしょ。これをどうとるかだよね。めったに同じ日にできるもんでもないし。お姉さんがお迎えに来るんじゃなく応援に来ると思ったらいいんじゃない?」
ママの言葉に耳を傾け、いろいろ考えたパパは、予定通り明日決行することにした。

パパの夕食を済ませ、ママは新幹線で帰った。
そして、音はないけれど雷でピカピカ光る空の下、けりんを迎えに行った。
ちょうど21時。
トゥインキーのお家で夕ごはんもお散歩も済ませてくれていた。
けりんと歩きながら家に帰っていると、雨がポツポツ降り出した。
さっきまで無音だった雷がゴロゴロ鳴り始め、小走りし出したら、向こうからボンちゃん母子がやはり小走りでやってきた。
雷が大の苦手なボンちゃん、ママ同士の立ち話も早々に帰って行った。
そしてボンちゃんについていきたがったけりんを引っ張り、慌てて帰った。
家に帰り着くと雨も雷もひどくなった。
けりんにとっては犬生最大の雷だったと思う。
普通の雷は平気なけりんも、さすがにママにべったりの一晩を過ごした。

普段ほとんどお仏壇には手を合わせることのないママも、この日は明日の治療成功をパパの家族にお願いした。


7月13日(金)

10時には病院に来るよう言われていたママ。
雨上がりの濡れた地面の上を、朝の5時からお散歩した。
予定の6時を過ぎたのでそろそろ帰ろうと考えているとちかげちゃんが九電体育館へやって来た。
ちかげちゃんも前夜の雷が怖くずっとパパにだっこされていたと言う。
今朝もまだ風が強く、メルパルクの解体のために張った幕がバタバタ音を立てている。
この音におびえるちかげちゃんはけりんと遊んでくれない。
そうするうちにパラパラと雨が降り始め、慌てて帰宅した。
予定時間オーバーのため、けりんの足をパパッと洗ってチャチャッと乾かし、7時になったので半乾きのままトゥインキーのおうちへ連れて行った。
今日もけりんがトゥインキーの大歓迎を受けているうちに去った。
が、エレベーターに乗り込むと甲高い「キャン、キャン」というけりんの声が聞こえた。

お仏壇に手を合わせ、最後のお願い!
そして病院へ向かった。

10時前に病院到着。
着々と治療の準備が進んでいた。
すると、今日から個室が空くので治療後に個室へ移れるという吉報。
運が向いてきた?
でも、ママは内心、治療後は集中治療室行きになるだろうから個室は必要ないだろうなぁ…なんて考えていた。
蘇る4年前の悪夢…
至って簡単なカテーテル治療だと思っていた他の病院での治療後、血圧低下のため血液を循環させる機械を装着しなくてはならなくなり、さらに血栓が飛び脳梗塞の可能性があると言われ、集中治療室へ入れられるハメになったのだ。

廊下でストレッチャーに乗り、カテーテル室へ運ばれた。
腿の付け根からカテーテルを入れる人はストレッチャーで運ばれるらしい。
カテーテル室の前でしばしのお別れ。
もしかしたら永遠に…

カテーテル室の真ん前の椅子に座った。
自動ドアが開くたびに中を覗き込むけれど、さらに小部屋へ別れているためもちろん見えない。
25分後。
空いた自動ドアの向こうから「○○さ〜ん」と大きな声で呼びながら院長が歩いてきた。
「大成功です!非常にうまくいったんでもう1本も火曜日にできますよ。」
その10分後、パパが出てきた。
無事個室に移れた。

担当医が説明に来た。
担当医はじめ、その場にいた院長以外の医者たちは皆、50〜70%の確率で血圧低下などによる合併症のため集中治療室に行くことになるだろうと思っていたらしく、うまくいったときには「おお〜!」と歓声があがったらしい。

ここからがパパの本当の闘い。
右足の付け根からカテーテルを入れたので、10時間は止血のために動けない。
ベッドの上で寝返りすらできないのだ。
一番の苦痛。
12時にカテーテル室から出てきたパパがベッドから解放されたのは夜の10時だった。

それからママは新幹線で帰った。
けりんを迎えに行ったのは夜中の0時だった。
トゥインキー宅の玄関を開けると、けりんが2本足でピョンピョン飛び上がりながら抱きついてくる。
その向こうで、眠気まなこなのか、けりんとのバトルで疲れたのか、ヘロヘロしたトゥインキーがゆっくりやってきた。
トゥインキーママに結果報告をし、お礼を述べ早々に帰宅した。
帰るとママはマッサージチェアで寝てしまった。


7月14日(土)

目が覚めると、化粧も落とさず、お風呂にも入らず、マッサージチェアの上で寝ていた。
時計を見ると4時半。
お散歩の準備をして、そのままけりんのお散歩へ出発。
お散歩から戻るとお風呂に入りベッドで寝た。
今日は一日けりんとマッタリ過ごした。

パパは、昨日のカテーテル治療後10時間もベッドであお向け状態だったのが災いしてギックリ腰になってしまい、心臓の調子はいいのに腰に苦しめられ歩けない状態になってしまった。


7月15日(日)

7時半頃からけりんのお散歩へ行き、午前中はたまった洗濯などをして過ごした。
13時にけりんをトゥインキー宅へ連れて行き、預かってもらった。
お出迎えに出たのがトゥインキーのパパと下から2番目のお兄ちゃん。
どう見ても日曜の午後をのんびりくつろいでいた様子。
お兄ちゃんにけりんをだっこしてもらい、そのままママはエレベーターに乗り逃走。

病院へ行き、パパのお世話。
お友達がお見舞いに来てくれた。
腰が痛いので座れず、食事は立ったまま食べた。
杖や歩行器を使って歩く姿はどこから見ても重い心臓病の人って感じ。
でも実際は、心臓は順調…腰が激痛。

けりんのお迎えに行ったのが22時。
今日もお散歩&ごはんを済ませてくれていたので、自転車で迎えに行き、前カゴに乗せて帰った。


7月16日(月)

今日は病院には行かなかった。
パパは腰の自己流リハビリのため、病棟内を歩行器で歩いてまわった。


7月17日(火)

もう一本残っていた右冠動脈のカテーテル治療の日。
朝4時半に起きてけりんのお散歩をし、6時半にトゥインキーのお宅へ預けに行った。
さすがにまだ早かったみたいで…
寝起きを襲ったみたいですいませんm(__)m

8時前に病院に着いた。
点滴を始め、今日は手からカテーテルを入れるということで、車椅子でカテーテル室へ向かった。
40分後、車椅子のパパが出てきた。
非常に困難と言われていた4日前の左主幹部の時よりも少し長くかかった。

入室前、担当医の話では、今日は院長はいないので他の先生が治療をするということだった。
それを聞いて不安だったパパとママ。
でも、実際には院長がやってくれた。
カテーテル室に入って準備をしていると院長が入ってきたというのだ。
これには担当医もビックリ!
結局院長がしてくれたからよかったものの、この病院の連携はどうなっているのだろう…

やはり院長もパパのその後が気になっていたのだろう。
まずは前回の左主幹部を見てくれ、無事血流が通っていることを確認してから右冠動脈にとりかかった。
狭窄部が石灰化していて、いろいろなカテーテルを試し、最終的には先端がドリルになったもので削った。
というわけで時間がかかったらしい。

今回の止血は腕だから、治療後すぐにでも歩いてまわれる。
4日前の治療時からつけていたワイヤレスの心電図器もはずしてもらった。
この心電図器のために、電波の届く範囲しか動けなかったため、病室のあるフロアしか行動できなかったのだ。
これでパパは病院内はどこへでも行ける身になった。
とはいえ、やっぱり止血が完全に終わる夕方まではなるべく安静にしておくように言われた。

止血も完了し、夕食も食べ、荷造りをした。
このままいけば明後日退院。
パパは、ママにもう病院へは来なくていいと言う。
そこで、必要のなくなったものをまとめ、持ち帰った。

けりんを迎えに行ったのは19時半。
トゥインキーママがマンション前で待っていてくれた。
けりんはいつものようにママに2本足でピョンピョン飛びつき、大歓迎の儀式が終わるとトゥインキーママの方は見ようともせずさっさと行こうとしていた。
経過&お礼を伝え、お散歩をしながら帰宅した。


7月18日(水)

病院内を動きまわれるようになったパパ。
早々に明日の退院手続きを済ませた。
あとは退院するのみ!


7月19日(木)

祝!退院。
新幹線はホームが遠く歩く距離が長いため、パパはひとり高速バスで帰って来た。
お昼過ぎ、パパが帰宅すると、けりんは大歓迎!

夜、さっそくけりんのお散歩へ行った。
お散歩仲間の皆さんはパパの元気な姿を見て喜んでくれた。
あとはぎっくり腰だけ治れば完璧。


ちなみに…
小倉記念病院がホームドクター宛に書いた経過報告を見せてもらった。
左主幹部99%の狭窄が0%に。
右冠動脈90%の狭窄が0%に。

確か、外来で診てもらった時は左主幹部は75%って言ってたのに…
ということは、7月2日に1週間は命の保障をしてもらえたって喜んでいたけれど、やっぱりあの時から首の皮一枚の状態だったんだぁ!
今考えるとコワ〜。

2007年7月11日(水)
容態急変!?

明日からの入院に備えて、昨夜から仕事に夢中になっていたパパ。
明け方から胸が痛み出した。
4年前にステント留置をして以来の胸の痛みだ。
(ちなみに、そのステント留置の最中に血栓が飛んで脳梗塞になった。)

「救急車呼ぼうか?」
「小倉記念病院に運んでくれればいいけど、もし他の病院に運ばれたら絶対にバイパス手術をされてしまう。それだけはできない。仮に小倉記念病院へ運ばれたとしても、延吉先生がいなければ意味ないし。」
「じゃあ、小倉記念病院に言って今日から入院させてもらう?」
「いや、もう少し様子を見てみるよ。寝不足だから寝れば大丈夫だと思う。」

そう言って、パパは2Fのベッドに横になり、けりんとママを階下へ下ろした。
そして響くパパのうめき声…というかわめき声。
しばらくすると静まった。
と思ったらまた声が…
そして静まった。
何回か繰り返していると本当に静まった。
そ〜っと様子を見に上がってみた。
胸の痛みが落ち着いているようなのでさすってあげた。
するとようやく眠りについた。
今度はそ〜っと階下へ下りた。
しばらくしてまた2Fへ上がり、階段から様子を見た。
お腹が膨れたりへこんだりしている。
息はしているようだ。
すやすや眠っているのでそのまま寝かせた。

何時間寝ただろう。
心臓の痛みはおさまったようだ。
体力温存のためにも今日は寝るように言ったのだが、パパはまた仕事を始めた。

2007年7月10日(火)
脳梗塞再発?

小倉記念病院で左主幹部のカテーテル治療をしてもらえることになったことを、医療センターの担当医に電話で報告した。
「それが延吉先生の第一選択ですか?」
かなり驚いた様子とともに、心配してくださっていた。
脳梗塞の再生治療を進めていること、今までの病歴、等々、トータルにお考えいただいたうえで、かなり心配してくださった。

そこでまたパパは不安になり、ホームドクターのもとへ。
待合室で待っていると、小倉記念病院から携帯が鳴った。
明日からの入院の確認だ。
明日入院し、明後日右冠動脈のカテーテル治療、そして2〜3日経ってから最難関の左主幹部のカテーテル治療。
外来時に一通りの検査はしているので、明日は入院してもすることがない。
ましてや個室が空いていない。
というわけで、右カテーテル当日の明後日からの入院に変更してもらった。

迫先生から呼ばれた。
医療センターの先生との話など、一通り説明し、意見を聞いた。
「延吉先生ができるとおっしゃるのなら、腕は確かだから大丈夫でしょう。」
等々、いろいろお話いただき、ほぼカウンセリング状態の話は終わり、パパは安心した。

明後日からの入院に備え、プラセンタを打ちに行くことにした。
今回はママも一緒に。
けりんも連れて行っていいとのことで準備していると、玄関先でパパの様子がおかしくなった。
ろれつがまわっていない。
脳梗塞再発?
でも、明後日からの入院のためには、ここで脳の病院へ行くわけにはいかない。
しばらく様子を見ていると、しゃべりは普通になった。
一過性脳虚血発作だったようだ。
一過性脳虚血発作とは、動脈硬化病変部にあった微小な血栓がはがれ、脳動脈の末梢部を一時的に閉塞したために数分〜24時間脳神経症状が現れるもので、その後、血栓は溶解され断片化して流れ去り、血流は回復し、脳神経症状も改善される。

パパが落ち着いてから、改めてプラセンタを打ちに美容外科へ行った。
パパは即効性を求めていつも静脈注射。
ママは、初めてだし持続性を求めて筋肉注射。
プラセンタを打ったことでパパも安心したようだ。

2007年7月9日(月)
けりんのお留守番…3

今日は念願のカテーテルの名医、小倉記念病院の院長先生の診察日。
8時に予約を入れていたので、6時には家を出なければいけない。

まだ暗い朝の4時半からけりんのお散歩をした。
ちょうど雨があがったばかりで、レインコートを着せてのお散歩。
50分のお散歩を終え、手足だけシャワーをしてドライヤーで乾かした。

けりんが一息つくやいなや、パパとママは出発した。

7時45分頃病院に到着。
既に心臓センターだけで20人くらいは患者が待っていた。
小倉記念病院はカテーテルが有名で、カテーテル検査にいたっては日帰り、しかも15分で済むのでいつも患者が多いらしい。
さっそく院長先生の診察。
持ち込んだCDで心臓の様子を確認し、状態を説明してくれたあと、
「これはカテーテルですね」
と、いとも簡単に、当たり前のように、あっさりと言った。
パパもママも、待ち望んでいた言葉とは言え、一瞬耳を疑った。

検査をした医療センターでも、先週診察してもらった小倉記念病院の他の先生も、バイパス手術を勧めた。
院長先生なら…
という希望のもと、1週間待ってまた小倉までやって来たのだけれど、こんなにあっさりカテーテル手術をしてもらえるなんて。
診察後、明後日からの入院に向けての血液検査をし、事務手続きを済ませて病院は終わった。
9時半すぎ。

先週の病院は14時頃までかかったので、小倉駅の駅ビルでインドカレーを食べた。
カレーにはうるさいパパとママも大絶賛!
今日もまた行くことにして、楽しみにしていた。
が、まだ10時前。
お店自体まだ開いてない。
ここで少し待ってでも食べるか…
お留守番しているけりんに少しでも早く会うために帰るか…

後者を選び、そのまま高速バスで帰った。

玄関を開けると、けりんは「クィ〜ン、クィ〜ン」いいながら飛びついてきた。
けりんのお留守番時間、5時間半。

2007年7月2日(月)
けりんのお留守番…2

今日は小倉記念病院へ行った。
カテーテルの名医(院長先生)がいて、症例数も日本一の病院。
この先生ならカテーテル手術をしてくれるのではないかという希望を持って。

やっぱりけりんはお留守番。
早朝出発のため、夜が明けると同時にお散歩をし、でもすぐに雨が降ってきたから抱っこして帰宅。
おトイレは済ませたから、とりあえずは安心してお散歩終了。
そして準備をして出かけようとしていたら雷が鳴り始めた。
雷の中をひとりでお留守番させるのはちょっと心配。
それでも行かなければ!
玄関先でキョトンとするけりんを置いて、パパとママは出かけて行った。

病院では…
残念ながらお目当ての院長先生は出張でいなかった。
代役の先生に診察してもらうと、やっぱりバイパス手術を勧められた。
それでも希望を捨てられないパパは、来週院長先生がいる時にまた診断をしたいと言い、予約を入れてもらった。
代役の先生は、ゆっくりじっくり納得がいくまで考えたらいいですよ、と言ってくれた。
ということは…
ゆっくりじっくり考える時間がパパにはあるってこと?
少なくとも来週の月曜日までは命の保障をしてくれるってこと?

バイパス手術を勧められたことは落ち込んだけれど、少なくとも医療センターで言われたほど緊急な状態ではないとわかり安心。

来週の院長先生の診察に最後の望みをかけて帰宅した。

もちろんけりんはクイーン、クイーン言いながらパパとママと交互に飛びついてきた。
けりんのお留守番、自己最高記録、10時間!

2007年6月29日(金)
けりんのお留守番

6月26〜27日、パパは心臓の検査入院をした。
けりんをひとりでお留守番させたくないパパは、入院の荷物を持ってひとりで行った。

脳梗塞が再発して1ヶ月経ったから、ようやく心臓の検査ができることになったのだ。
心臓に関してはまったく症状のないパパは、もちろん札幌での検査がおかしいのであって、大丈夫だと確信していた。

ところが…
検査の結果、このまま入院して心臓バイパス手術をするよう言われた。
左冠動脈の主幹部が99%狭窄。
右冠動脈も50%くらいしか機能していない。

寝耳に水。
青天の霹靂。
検査後、パパから電話をもらったママもびっくり!

さっそく退院前に心臓外科の先生から説明を聞くよう言われたパパ。
でも、そこはけりんパパ。
説明も聞かず、予定通り1泊2日で家に帰ってきたのだ。
退院の朝、けりんのお散歩中に担当医からママに電話があった。
「このまま予定通り退院されようとしていますがいいですか?」
「はい。本人が納得する方法で…と思っていますから、本人の好きなようにさせて下さい。」
「このままご帰宅されると、突然死の可能性がかなり高いですが…」
「はぁ…」

それから2日後。
やっぱり1度くらいはママも話を聞いておかねば…ということで、今日は久しぶりにけりんをひとりでお留守番させて、パパとママは病院へ行った。

まずは循環器科の先生から検査結果を聞き、カテーテル手術よりもバイパス手術の方がいいと説明を受けた。
それから、心臓外科の先生からバイパス手術の説明を受けた。
心臓外科の先生からは、今夜にでも手術をしたいくらいだと言われた。
「首の皮1枚でつながっているようなもの」とも。

それでも、なんとかカテーテル手術で済ませたいと考えているパパは、即決せずにいた。

病院をあとにし、パパはホークスタウンにある「Puna Ola」で温泉に入った。
その間ママはセール中のショップを見て廻った。
その後TNC会館にあるラ・マニーナで久しぶりにランチをした。

けりんに留守番させていることに気は引けるものの、めったにけりんなしのおでかけはしないので、今日は外出を満喫(?)した。

家に帰ると、さっそくけりんのお出迎え。
クイーン、クイーン言いながら、パパとママ交互に抱きついてきた。
けりんの久しぶりのお留守番は、5時間だった。

2007年5月25日(金)
パパとけりんのお留守番

5月24〜28日、ママは出かけてしまった。
パパとけりんでお留守番。

今日は、パパが心臓の診察で病院へ行くので、トゥインキーのお家でけりんを預かってもらうことにしていた。
先日の札幌医科大(脳梗塞の治療:幹細胞移植)で念のための心臓検査をしたら、画像に怪しい影があるから地元の病院でチェックしてもらうよう言われていたからだ。

朝からフラフラするパパ。
けりんをお散歩へ連れて行き、トゥインキーのお家へ届けた。
そしてパパは医療センターへ行った。
本当は循環器科へ行く予定だったけれど、フラフラが脳梗塞のためではないかと疑い、脳血管・神経内科へ行った。
案の定、脳梗塞を再発していた。
医者からはもちろん即入院を勧められた。
でも、ママがいないからけりんの世話が…
でもそんな理由、医者には言えない。
強く入院を迫る医者。
頑なに拒むけりんパパ。
そこへ循環器科の主治医が来てくれ、どうにか帰宅を認めてもらった。

帰りのタクシーからママに電話がかかった。
病院でのやりとりを聞いた。
そして、これから家に帰って休むか、それともけりんを迎えに行こうか迷っているという。
家でゆっくり休んだらと言ったけれど、けりんのことが心配で休めないから結局迎えに行くことにした。
けりんと家に戻り休んだのはいいが、パパは夜のお散歩にもちゃんと出かけた。

ママは一応「旅行を切り上げて帰ろうか?」と聞いてみたものの、「本当にダメだと思ったらお願いするからそれまでは帰らなくていいよ」という社交辞令を真に受け、そのまま予定通りに旅行を続けたのである。

パパは翌日、今度はトゥインキーを預かった。
子供たちの運動会らしい。
パパは考えた。
ヤンチャなトゥインキーが来たら大変か…
それとも、けりんの相手をしてもらえるから楽か…
後者を選択したのだ。

かくして、脳梗塞を再発したパパはママの留守中ひとりで頑張り、ママはスケジュール通り遊んで帰ってきた。

2007年2月19日(月)〜3月2日(金)
迷い犬「三上サブロー」の12日間

2月19日、けりんパパのお母さんのお見舞いに行った。
その帰り道、夜の9時半頃ボンママからママに電話があった。

「顔の大きなわんちゃん知りませんか?」
「顔ぉ?」
「はい。顔が異様に大きなわんちゃんが30分以上ボンとじゃれあってるんですが、飼主がいないようなんです。」

というわけで、急遽いつもの散歩コース九電体育館に向かった。

赤色灯が目立っていた。
おまわりさん3人も駆けつけていたが、まだ迷い犬は捕まっていなかった。
けりんが行くと、その迷い犬はけりんに寄ってきた。
けりんのリードを持つママが迷い犬に手を伸ばしたが、逃げられた。
再びチャンスを待つ…
またけりんに寄ってきた。
今度はじっくり様子を伺ってみた。まるで釣りのように。
けりんのマーキングを嗅ぐのに必死になっているところを「いまだ!」とばかりに捕まえた。
とりあえず交番へ連れて行って手続きをした。
首輪もあれば洋服も着ている。
明日になれば飼主が申し出てくるだろうからということで、今夜はもう遅いし我が家で預かることにした。

仮の名前を「三上サブロー」とつけた。

サブちゃんは家の中をウロウロ探検してまわった。
マーキングの有無がわからないので、トイレシートをお腹に巻いた。
ガムテープでとめても全く嫌がらない。
ウロウロするサブちゃんの後ろをけりんがついてまわり監視している。
これではけりんも落ち着かない。
油断したスキにこたつにも潜る。
そこで、庭に置いているけりんの犬小屋に寝かせた。
庭に出されたサブちゃんは始め窓をガシガシしていたが、そのうちあきらめて犬小屋で寝た。

翌朝、サブちゃんは震えていた。
暖冬でそれほど寒くもない朝を迎えたが、室内犬だったらしいサブちゃんはガタガタしていたので慌てて家の中に入れた。
けりんが小さい頃に2〜3日だけ使った中型犬用のケージを押入れから出して組み立て、ベッドを設置してサブちゃんを誘導してあげるとすんなり入って寝た。
結局サブちゃんは部屋の中のケージで過ごすことになった。

その日も翌日も翌々日も飼主からの問い合せはなかった。
毎日、昼間は手がかりとなる服を着せて、歩き回ってみた。
知っている方に出会うかもしれないから。
自ら家を探すかもしれないと思い行きたい方へ行かせるが、マーキング命!で目指すのは他のわんちゃんの匂いばかり。家を探す気配は全くない。

けりんとサブちゃんのお散歩は、パパとママとで行くこともあればママだけの時もあるし、忙しいのに時間を作ってボンママも手伝ってくれることもあった。

あちこちチラシを貼った。
ペット関係のショップや動物病院にも配った。

それでも飼主は現れなかった。

2月28日、西日本新聞の朝刊に載せた。
「迷い犬を保護しています。飼主が見つからない場合は差し上げます。」という内容。
さっそく朝のうちに1件里親の問い合せがあった。
太宰府のご家族がすぐに見に来られた。
ずっと不幸なわんちゃんばかりを飼ってこられたご家族で、去年の秋に老衰で亡くなったわんちゃん(ジョンくん)からはお母さんも娘さんも顔を噛まれて7針も縫っているにもかかわらず、嫌がることをした自分達が悪いんだからといって最後まで看取ってあげたほどの優しい方々だ。
そんなご家族だからわんちゃんの性格はあまり気にしていない。
むしろ最重要視するのはだっこできるサイズ、お散歩でグイグイ引っ張らないという2点。
性格面やおりこうさん度では最高のサブちゃんも、サイズはどうにもならない。
お散歩好きでマーキング命だからつい引っ張って歩いてしまう。
すぐにはよいお返事をいただけなかった。
そこで、とりあえず2〜3日預かっていただき、様子を見てもらうことにした。
が、ママの予想通り、その日の夜には「やっぱりムリです」という電話がかかってきた。

翌日サブちゃんは戻って来た。
送り届けて下さったお母さんは、「サブーッ」と大きな声で名前を呼んで泣いてお別れをして下さった。
たった1泊だったのにシャンプーまでして下さった。
28日はちょうどジョンくんの月命日で、ジョンくんが1晩だけサブちゃんに出会わせてくれたんだと家族で喜んだそうだ。

かくして、サブちゃんの里親探しは長期戦を見込んだ。
他にどんな方法があるのか?
どうしても里親が見つからなければ、けりん家が責任を持って動物管理センターへ届けなければならないかも。
そういった最悪のケースも何度となく頭に浮かんだ。

3月2日、太宰府からサブちゃんが戻ってきてしまったことにショックを受けていたパパを誘って、区役所へ行った。
中でママが用事を済ませていると、けりんと外で待っているパパから携帯電話がかかってきた。
さっそく行ってみると、青年が立っていた。
「シュナウザーですか?」と声をかけてくれた青年と話をしているうちにサブちゃんの話題になり、心やさしい青年がサブちゃんに会ってくれるという。
用事を済ませみんなで我が家へ向かった。

お留守番をしていたサブちゃんは青年にすぐなついた。
赤ちゃんだっこしてもらってもおとなしい。
ペット関連のショップ「PEACE DOG」をされているいとこに電話でサブちゃんの話をしてくれ「それはほうっておけない」とのお言葉もいただき、サブちゃんを気に入って下さったその青年はそのままおうちへ連れて帰ってくれた。
使っていたケージやとりあえずの身の回りのものを用意して一緒にお持ちした。
お邪魔した部屋は広いベランダもあり、サブちゃんは探検してうれしそう♪

サブちゃんの新しいパパはバーで働いている。
さっそく看板犬として今夜から一緒に連れて行ってくれるという。

夜、お散歩を終えて、けりんをつれてバー「1974」へ行ってみた。
入口付近にいたサブちゃんに、けりんが使っていたベッドを持って行ってあげた。
さっそく入って丸まった。
バーでは、マスターも気に入って下さり、サブちゃんの取り合いになったらしい。
常連のお客さんたちもとってもかわいがって下さっている。
入口に陣取るサブちゃんは、まるで何年も前からここにいますっていうくらい馴染んでいた。
新しいパパが用事でお店を出て行くと、ドアを見つめて戻って来るのをじ〜っと待っている。それほどパパを慕っている。

パパやマスター、お客さんでサブちゃんの名前を考えた。
「ジャック・ダニエル」の好きなサブパパは、ジャック、ジャッキー、ダニエル…いろいろサブちゃんに呼びかけたが反応がない。
「一番高いお酒の名前にする?」なんて言葉も飛び交い、かなり悩んだ挙句「ターキー」になった。
サブパパのお名前とマスターのお名前をモジっている。
しかもお酒の名前。
そうしてサブちゃんの新しい名前は「ワイルド・ターキー」に決定した。

寂しがり屋のターキーは、家でも職場でもパパと一緒。
しかもみんなにかわいがられている。
こんな幸せな日がターキーに来るとは夢のようで、けりん一家はターキーパパやマスターに大感謝。
これからも会いたい時にターキーに会えるし♪

けりんパパはターキーパパのことを「白馬の王子様がサブちゃんを迎えに来てくれた」と言っている。
「この歳になって神様がいるって実感した」とも。
大絶賛である。

賑やかな店内で爆睡するけりんとターキー。
名残惜しみながら帰宅した。
時計を見ると午前4時だった。

けりんパパのお母さんのお見舞いの帰りに出会ったターキー。
その3日後にパパのお母さんは亡くなった。
お母さんがターキーに会わせてくれたと感じていたパパは、ことのほかターキーの身を案じていた。
本当は我が家で飼ってあげたい。
しかし現実を考えるとそれは難しい。せめてよい里親さんを見つけてあげたい。
毎日そんな気持ちを強く持っていた。
ようやくターキーをすばらしいパパにお渡しできた安堵感から、バーから帰ったパパは1日中爆睡した。

2007年1月6日(土)〜9日(火)
帰省(湯布院&安心院)
★1月6日(土)★
夜から天気が崩れるらしいので、朝一番でけりんとママは湯布院へ帰省した。
福岡を出た時は小雨がぱらつき始めていた。
湯布院につくと小雪がぱらついていた。
激しくなる前にさっそく朝のお散歩へ出かけ、1時間程歩いたあと、温泉で足を洗った。

午後になると、安心院にいたママのママが来た。大分市内で新年会があるからとお友達と連れ立って出かけて行った。
弟夫婦は広島へスノボーをしに車で出かけた。
日が暮れ始めると雪が本格的になり、ふたりぼっちになったけりんとママは、ママの友達の喫茶店にごはんを食べに出かけた。
幸い(?)お客がおらず、けりんはママ友達に存分に遊んでもらった。

20時半、ママ義妹から携帯が鳴った。
小倉で車が故障したから広島へ行けなくなったとのこと。
安心院にいるママのパパがとりあえずノーマルタイヤの車で小倉まで迎えに向かったらしい。
湯布院は雪がしんしんと降っていて、積もり始めていた。
湯布院に置いているママ義妹の車(スタットレスタイヤで四駆)を安心院まで届けて欲しいほしいと言う。
お友達に別れを告げ喫茶店を出、家へ戻った。
ママママも新年会から戻っていたので相談し、ママママは自分の車、ママは義妹の車で安心院に行くことにした。
ふとみると、ママ義妹の車はガソリンが目盛の1/4以下!
ママママに言うと、別府のSAで入れようということになった。
湯布院から高速に乗った。
あたり一面真っ白なのにチェーン規制はされていない。
4Hと4L、どう違うのかわからないけれど、とりあえず4Lにして走った。
日出JCで、前を走るママママの車は左の安心院方面へ。
おぃおぃ、別府SAは右だぞぅ!
ママママが路肩で停まって車から降りてきた。
「あらら、別府のサービスエリアを通るのかと思ったら、安心院行くには通らないんだね。普段高速で安心院に行かないから知らなかった!これじゃあガソリン入れられないや!仕方ない。このまま安心院に行こう。雪も落ち着いたし2駆に戻して走ろう!」
そういって車に乗り込んだママママのあとに続いてまた走り出した。
すぐに吹雪になり、前が見にくくなった。
ワイパーかけてもフロントガラスのちょうど目線部分が凍って見にくい。
また停まって4駆に切り替えた。
安心院ICの一つ手前、大分農業文化公園ICに来ると「この先通行止め。ここで下りよ。」との表示がぁ!
思いっきり山の中のICで下ろされてしまった。
『ひとりじゃ絶対迷子になるね』なんて助手席で眠るけりんに話し掛けながら雪の山道を走り、ようやく安心院の家に到着!夜中の0時!
普段なら40分で着くところ、今日は1時間半かかった。
5分もすると、ママパパたちが小倉から戻って来た。
弟夫婦+友達は、この雪の中湯布院まで帰ると言う。
もちろん田舎はこんな時間にガソリンスタンドなんて開いていない。
他の車からガソリンを抜こう!作戦が始まった。
大粒の雪が降る中、ストーブに灯油を入れる時に使うシュポシュポをママパパやママママの車の給油口にさしてみた。
どう頑張っても2リットルと取れなかった。
仕方なく、彼らは明朝ガソリンスタンドが開いてガソリンを入れてから出発することにした。

こうして夜中の3時半、安心院で眠りについた。

★1月7日(日)★

朝起きると一面真っ白!
弟たちは九重へスノボーへ出かけた。
けりんはさっそくお散歩に出た。
雪でも平気なけりんだけど、歩くうちに手先足先の毛に雪が凍りつきだんご状態に!かなり歩きづらそうだった。
天気はよく、みるみる雪が溶けていった。

午後から別府のむし湯に出かけた。むし湯中けりんは車の中でお留守番。
帰省するとお留守番が多くなるけりん。車が停まるたびに置いていかれまいと必死にママにしがみつくのであった。

夕方帰宅すると明るいうちにお散歩。
この辺は車の通りも少な〜いのでノーリード。
いつもボール遊びをする地区の公民館広場はまだジュルジュル。
足が汚れるので、広い道路でボール遊びすることにした。
ボールを投げるたびけりんはくわえ、それをいちいち広場へ持って行って置く。
そのたびにママはボールを拾って道路へとけりんを誘う。
そしてまたボールを投げてはけりんが広場へ…
結局けりんの足は汚れてしまった。(>_<)

明日はマロンくんたちとパピパパでランチの予定。
マロンママが車で初1人旅!
今日は晴天だったし、高速でくれば大分から湯布院は大丈夫だろうと思いながらも、天気次第ではムリかも…なんてメールでやり取りをしながら、打ち合わせをした。

今日も安心院泊。

★1月8日(月)★
今日はママママが湯布院のパン屋で仕事の日。
朝、ママママと一緒に湯布院へ。
もちろん今度は下道。昨日の晴天にもかかわらず、所々凍結した道路があった。
湯布院では小雨か小雪か…ていうのが降っていた。時間が経つにつれ、大きなみぞれとかわった。
残念ながらマロンくんたちは遊びに来れなくなってしまった。

そこでママの弟夫婦とパピパパでランチをした。
けりんもリゾットを注文したけど、出掛けにこたつの上に置いていたヤキイモを盗み食いしたけりんはお腹がいっぱいだったのか半分残した。
早々に食べ終わったけりんはママ義妹の足元で寝ていた。しばらくするとママ義妹が何か匂うと言い出した。どうやらけりんが『お○ら』をしたらしい。この即効性。恐るべしヤキイモ!

夜はママママとママパパとで食事に行くことにした。
このままではお腹がすかないと判断したママは、パン屋までけりんのお散歩へ行った。パン屋へ着き、金鱗湖を通り、帰宅。
足が汚れ、また温泉で洗った。
今度のレストランはけりんNG。
家でお留守番させることにした。
建てつけの悪いアコーディオンドアは、閉めていてもけりんが押すと下をくぐれる。そうやって部屋を出たけりんだが、戻ってくるのに今度はアコーディオンドアを押さない。だからじ〜っと座って誰かが気付いて開けてくれるのを待つ。それでも開けてもらえなければ「クフッ」と言う。
だからアコーディオンドアの前にダンボール箱を置いて、けりんが下をくぐれないようにして出かける準備をした。
手足のぬれたけりんをヒーターの風で乾かし、パピパパから持ち帰ったハンバーグをあげながら、隣の部屋へ行くような感じでそのままママは出かけた。けりんも意表をつかれたに違いない。
1時間くらい食事をして帰宅。
けりんの歓迎の儀式を味あわせてあげようと、家への一番乗りをママパパに譲った。
さっそくママパパは玄関を開け、けりんのいる部屋のガラス戸を開けた。
ここでいつもならけりんは開けた人にとびつく。
が、違った。
ママパパの足元をス〜ッとすり抜け、後から玄関を入ってきたママのところにまっしぐら!飛びついてきた。
どうやら、ママパパは「おい、わんこ」などと声をかけながら戸を開けたから、けりんは戸を開けたのはママでないことを察知し、見向きもしなかったらしい。
最後に入ってきたママママも、けりんの行動に大笑い!

そのまま湯布院泊。


★1月9日(火)★
午前中、お散歩がてらママママのパン屋へ行った。
店先でママたちがおしゃべりしている間けりんは前を通る観光客から声をかけられながら看板犬。

するとママパパから携帯が鳴った。
ママはママパパとランチをすることになった。
今日は天気がいいから食事中けりんを車で待たせるわけには行かない。
一度けりんを車で連れて帰り、家でお留守番させた。

ランチを済ませ、ちょっとお買い物をして、1時間弱で帰宅した。
車で家の前を通ると、けりんはママ弟の家の前にいた。
ママ弟の家は、車が1台ようやく通る道を挟んでママの実家の斜め前。
その玄関先にちょこんとけりんが座っている。
『あれっ?私あんなところにけりんをつないで行ったかしら?』なんてママが首をかしげながら車窓から見ていると、けりんと目が合いこっちにやってきた。
ノーリード?
「けりん、あなたなんでこんなところにいるの?どうやって出てきたの?」
とりあえず運転席のドアを開けてけりんをだっこした。
けりんは思いっきりしがみついてきた。
車を停めて、家に入ってよ〜く考えてみた。チェックもしてみた。
家はどこも開いていない。
鍵はかけていないけれど、玄関の引戸も、裏口のドアも閉まっている。
弟に電話してみた。
弟はお昼休みに自宅でランチをしていた。その自宅前にけりんがいたのだから何か知っているかもしれない。
だけど、弟は家を出るときにけりんは見かけなかったという。
???
最近ママの実家はイタチがよく出るから、イタチの出入りする穴から出た?
そんなわけはないよねぇ。
仮にそんな穴が存在したとしても、けりんの大きさじゃムリだよねぇ。
来客が玄関を開けたスキに出た?
それもありえないよねぇ。
足元抜けて出て行ったら来客はけりんを追いかけて捕まえるよ。けりん足遅いし。
第一、けりんがいた部屋と玄関の間にはしっかり引戸が閉まっているから、玄関が開いたとしてもけりんは玄関には行けない。
残る可能性は裏口のドア。
確かめたけどしっかり閉まっている。
ノブをまわさなければドアは開かない。
でも、例のアコーディオンドアの前に箱を置いてブロックしていなかったし、裏口へと続く廊下のドアも閉めていたハズが開いている。
となると、やっぱり裏口か…
カチッと閉まっていなかったからけりんが押しただけで開き、けりんが出たあと強風が吹いてバタンと閉まった?
そんなうまく行くかなぁ?
ママ弟が出かけてからママが戻るまでの空白の15〜20分。
けりんはドアや窓は開けてくれるまでじ〜っと座っているタイプだから、ママ弟の家の玄関も誰かが開けてくれるまでじ〜っと座っていたんだろう。
とにかく迷子や誘拐にならなくてよかった。

気を取り直してさっそくパン屋までお散歩。
さっそくママママにけりんの武勇伝(母をたずねて10m?)を話すと、やっぱり不思議がった。
パン屋からの帰りは湯布院のお友達蛍ちゃんちへ行って見た。
いつもは庭につながれている蛍ちゃんも、最近は寒いから家の中。
幸いご在宅だったので、遊ばせてもらった。
今までの蛍ちゃんは庭先の柱につながれ、半径1.5mでけりんと遊んでくれていた。
が、今回はノーリード!
思いっきり庭をかけまわり、けりんとバトル♪

おかげで、夜福岡へ戻るのにけりんは爆睡。
3日ぶりにパパと会い、パパもけりんも感激!
ママの帰省で楽しいのはママだけ。
なぜかけりんもパパもゲッソリやつれるのである。

もちろん、けりんの武勇伝をパパに話したら心配するだろうと思い黙っていることにした。が、けりんの一生に一度の出来事。やっぱり話すことにした。
パパの顔色をうかがうと…
やっぱり話さなかったほうがよかったかも(>_<)
2007年1月3日(水)
パパのお年玉

パパのお母さんを連れて宮地嶽神社へお参り。
のはずが、車が渋滞してたどり着けそうにないので行先変更。
香椎宮へ参った。
思ったほど人は多くなく、けりんをだっこしてお参りをした。

ず〜っとパパが液晶テレビを欲しがっていたので、帰りにヤマダ電器に寄ってみた。
店内では、けりんはバッグの中から顔だけ出していた。
ママはまだ買い替えの必要がないと思っていたのでただ見るだけ…のつもりだった。
いずれ買うとしても32型でいいだろうと思っていた。
でも店員さんからブラウン管TVが29型なら32型は小さいと思うと言われた。
そこで37型の値段も一応チェック。
パンフレットをもらい、話を聞き、店を出た。
車に戻り、価格比較のためビックカメラに電話してみた。
どっちもどっちかなぁ…なんて思っていたら、
「今日来られます?」と聞かれた。
今日までの目玉で40型がおすすめ!とのこと。
とりあえず行ってみることにし、20時閉店のところ、19時過ぎにビックカメラに到着した。
さっそく目玉商品を見ながら店員に話を聞いた。
すると、せっかく買うならフルハイビジョンの方がいいとのアドバイス。
価格は目玉商品に比べて2万円アップ。
どうせ買うなら長く使うことを考えて少し高くても画像のきれいな方がいいよね、なんて話し合った。
明日になると通常価格に戻る!なんて言われ、まだまだ先だと考えていたママもその気になり、ついに買ってしまった!
在庫がなく届くのは16日。
それでも、思いもかけず大きなお年玉をもらいルンルン気分のパパであった。

2007年1月1日(月)
元日

今年も年越しカウントダウンはお家のこたつ脇で丸くなって寝ていた。

午後からは若宮神社、警固神社、水鏡神宮へ初詣。
天神中央公園に寄ってみると、結構わんこがいた。
初めて会ったモカちゃん(チョコラブの女の子、3ヶ月)と意気投合し、今年初のバトル&追いかけっこをした。


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